パイプイスを引きずってきながら、立木……先輩は世間話をするような口調だった。

真面目不真面目のラインではなく、先生という立場の人間としか、この位置で話したことはなかった故の違和感だ。

上からしかものを言われたことのない場所。

けれど、この人間も立場は上であるはずだけれど。

「千帆ちゃんの演奏は先週のレッスンで知ってるんだ。火曜かな、春野さんの時間を盗み聞いたから」

「あ、はい」

 二人とピアノが精一杯のレッスン室。

いったいどうやって。

「あの部屋の隣、教官室だよ。春野さんは閉所恐怖症とか言って奥のドアはちゃんと閉められないんだよね。だからちょうどいいと思って居座ってたんだ。で、ちょっと選んで来たんだけどさ」

ハイ、とファイルが差し出され、千帆は両手でそれを受け取った。

カナリア色のかわいらしさに似合わず、ファイルは分厚くどさりと重たい。