アルヴァレス 3


 譜面台に据えられはしたものの、教本は長い間閉じられたままでいた。

本日はなかなか練習モードに切り替わらず、千帆はだらだらと指の練習とやらを流し続けている。

その間もずっと何か言いたそうで、それに何より、不満そうだ。

 帰りはいつもの時間よりもさらに遅かった。

高校に入ってからは帰宅時間が変則的で、仕方がないと言いながらも華さんも心配して毎日ぼやいている。

華さんと言うのは千帆の母君で、オレは彼女に選ばれてこの家にやってきたのであり、言わば運命の決定者であった。

今でも千帆が留守の昼の間、時折華さんは蓋を開いてお気に入りを弾くことがある。

レパートリーは、大半がシューマンで、それが華さんのお人柄だった。

千帆のあの性格には、父親の血が大きく影響していることは間違いない。

父・文敏は、騒々しく大雑把な男なのだ。