インサイド

「これは借りもの。黙って持ち出して来たから、正直なとこは盗品だけどね。自分のは家で眠ってる。最近あんまり弾いてないから、さぞかし機嫌を損ねてることでしょう」

「あんまり弾かないですか」

「ピアノの方が楽なんだよ。ケースにしまわれてないからさ」

 ケースを開くと、珍しい香りが広がった。

ピアノの自分にはなじみがないけれど、この同じ建物でたくさんの人達が一緒にいる香りだ。

そんな場所に通いながら、これほど近付くのは初めてで、千帆は興味深々で裕明の手の中に収まった楽器を仰ぎ見た。

生まれて初めて、こんなに近くでヴァイオリンと言うものを見た。

きれいだった。

木なのにつやつや光っている。

たった四つの弦が不思議だった。これだけでいくらでも音は生まれる。