笑って話してはいるが、事態の深刻さは変わってはいないのだ。

ふと直姫は、顔を上げて准乃介を見る。
それから、紅に視線を移した。


「え? リップクリーム、ですか?」
「あぁ、昨日な。まさかそんなところに針が仕込んであるとは思わなくて。帰ってからも榑松が大騒ぎだったし……よくまぁ、あんなことまで思い付いたものだな」


そう言って、指先で下唇を撫でる。
今は化粧で隠して誤魔化しているようだが、恐らく控えめに触れるその下には、真新しい傷があるのだろう。
唇はいたいよう、と、恋宵が顔をしかめる。


「そんなところに……」


一部の人間にだけ、最近になってようやく少し分かるようになってきた表情で、直姫は思案する。
しかし、こんな顔を浮かべている時、彼女が見切り発車で話すことなどしないというのも、すでに共通の認識だった。
しばらくはなにも言わなくなってしまうだろう。

紅が、自分の口許に視線が集まっていることに気恥ずかしさを感じたのか、手振りでそれを追い払う。
そして、気を逸らすように、仕事の再開を促した。