「こーう、おーい」
「……准乃介、……夏生」


完璧主義な彼女のことだ、なにかに没頭するあまり周りの音や動きを認識しなくなる、なんてことはざらにある。

しかしそれと今とは、少し違うようだ。
視線をずらさないまま、遅刻した生徒会長への小言も、煙草に火を点けた居吹への文句も、忘れていた。

ぼうっとしていた、というよりは、未だ思考を続けたまま、言葉を選んでいる。


「……なんですか?」
「直姫の父親……知ってるか」
「えぇ、元政治家ですよね……詳しくは」
「…………この、人」
「え?」


夏生はちらりと視線を流した。

紅の指差した先を見て、紅を見て、准乃介を見る。
彼もほとんど同じ動きをしていた。

もう一度、「え」と言う。


「それって……」


五十歳手前くらいだろうか。
ほとんど白髪になった髪と、それでいていまだ十分に端正だと言える、意志の強そうな顔付き。
画面の中で口許に小さな笑みを湛えている。

たれ気味の目と、唇の形が、彼らのよく知る後輩とよく似ていた。

引退してなお、テレビや雑誌や新聞などでよく見かけるその人物──喜多嶋義直(きたじまよしなお)は、珍しく瞠目して呟く准乃介の記憶にも、随分と色濃い。
なにしろ、彼は。


「……元、総理大臣、じゃん…………」


少なくとも、直姫が性別を偽っている理由が、世間から正体を隠すためだと、容易に理解できる程度には。


(続く)