*
「すみませんでした」
額に痛々しい腫れを作ったまま、深々と頭を下げる彼。
テレビコマーシャルなどでもよく見かける顔だと思うのだが、どちらかというとそういった事柄に疎い直姫には、仁王立ちした千佐都の前で土下座をするこの人物が誰だか、思い出せない。
別に思い出せたところでどうというわけでもないし、それに、この先どこで見かけてもきっと、千佐都に屈服しているこの瞬間のイメージが勝手に付きまとうのだろう。
「ごめんなさいもうしないから顔だけは! 顔だけは傷つけないで!」
「もうしない!? 嘘言ってんじゃないわよ! アンタら今までにあたしの邪魔しなかったことあった!?」
「お、お前だって人の修羅場覗きに来てビデオカメラ回してんじゃん!」
「あれは全部ハヤテが悪いの!」
千佐都の一見ほっそりした豪腕から放たれた220mlのブリックパックによって地に伏せた“彼ら”を引き摺り連れてきてから、数分。
この二人はずっとこの調子である。
覗き見をしていたのは四人だが、なぜか怒られているのは彼一人だけだし、あとの三人は見ないふりをするように明後日の方向ばかり向いているし、それだけで彼らの力関係がずいぶん分かるような気がしていた。
そうして直姫がそろそろ本気でこの場から逃げ出したくなってきた頃、少し離れて傍観していたうちの一人が、不意に口を開いた。
千佐都の怒りも落ち着いてきたようなので、そろそろ存在感を濃くしても平気だと踏んだのだろうか。
その言葉が、誰に向けられたものかといえば、限りなく不本意なのだが、直姫に対してだった。
「ねぇねぇ、君が直姫くんー?」
「え、」
語尾を伸ばした、やけに甘ったるい明るい話し方をする人だと思った。
しかしその、人好きのする笑顔を絶やさない様子に、どこか夏生の外面に似た雰囲気を感じる。
そのうえで、恐らく夏生以上に苦手なタイプだと、直感的に察知した。


