その瞬間、彼女を抱きしめていた。


とっさの行為だったけれど、これが正しいことだと確信はあった。


流れこんできた、彼女のもどかしい気持ちが、ぼくの愛しさと化学反応したのだろう。



「伝わってるって!涼子の声は文字なんだから。愛してるって、伝わってる!」



ぼくの答えを合図に、彼女はせきを切ったように泣き出した。


誰もいない、というか近づかない待合室で、彼女のくぐもった嗚咽の声と、背中をさする衣擦れの音が、しばらく響いた――。