蒸し暑い夏が過ぎ、

イチョウの木が
黄色く染まった10月の土曜日。



朝からベランダで
洗濯物を干していると、

茶の間で
ゴロンと横になっているお父さんが

ボソッと口にした。



「今日は緒川さんが家に来る」



洗濯バサミを持ったまま、
その場で固まってしまった。



新聞で顔を隠すお父さんは
眠たいだけなのか、

私に顔を隠したまま
ピクリともしなかった。



また緒川さんが来るということは、

何かが起こる。



捨てた雑誌のことや

涙を流したことが

脳裏を過ぎった。



あの日からお金には苦しいながらも
何とかやってきた。



平穏な生活に
私はそれなりに満足していた。


でも
またあの苦しみが

やって来るのだ。



16時が過ぎた頃、
インターフォンが鳴り

緒川さんがやってきた。



「葵ちゃん、久しぶり。

雑誌、見てくれた?」と玄関先で、微笑む緒川さん。



「……はい。でも捨てました」



「え?そうなの?
記念になればと思ったけど。

お父さんはいるかな??」



「はい。上がってください」



緒川さんを家の中へ通すと、

「どうも。ご無沙汰しています」と、

明るい声で挨拶をする緒川さんに


「どうも」と
不器用な返事しか出来ないお父さん。



向かい合うように座り、
緒川さんは

あの撮影のことを話し始めた。