「あの壷は……」

 兄が頭をよぎる。

 今から自分が言おうとしているのは塚原式ではなく、吉祥寺式だ。

 正確には、ヤイバ式。

 自然の流れに逆らわず、元ある姿に──

「あの壷は……大事な壷ですか?」

 古い壷。

 サヤに骨董的価値は分からないが、存在感のあるそれ。

「あ、ああ…あれは母が嫁入りの時にもってきた逸品じゃ。それが何か?」

 依頼主の声の影で、パチンという音を聞いた。

 孝輔だ。

 端末から完全に手を離し、サヤの方を見ている。

 何かを推し量るかのような目で。

 マイナス値が、この部屋から完全に消えたのが分かった。

 削除を途中でやめてくれたのである。

「壷を別室に移して、そして毎日愛でてあげてください…それだけで、この幻影はきっと消えます」

 つい最近まで、あなたがこの壷を愛でていたように。

 それは、九十九神を消すという根本的な解決方法ではない。

 漢方薬のように、じわじわと効いていくゆっくりした方法だった。

「この壷の九十九神は……あなたに愛されたがってます」

 愛を知らなければ、壷は愛を欲しがらない。

 だから、きっと新しい壷が来るまでは、老人はあれを特別扱いしていたのだろう。

 そうサヤは感じたのだ。

「…………」

 主人は、目を細めて古い壷を見た。

 検分するかのように。

 愛情を注ぐ瞳には感じなくて、サヤを脅えさせた。

 九十九神など、どうでもいいと言いそうだった。