「R値、S値とは別の……そうだな、強い感情を表すエモーションという英語をもじって、E値という名前はどうだろう?」

 うっとりしながら、ネーミングしはじめる直樹。

「いや、名前なんてどうでもいいし…つーか、何だよ、E値って!」

 いったん暴走し始めると、兄弟の話がこじれるのはいつものことで。

 直樹がトリップしてしまうその前に、要点をほじくりかえしておかなければならなかった。

「何ってお前…そこに、怒れるS値がある」

 サヤの指定した壷を指す手袋。

「それ以外に、平静なS値がある」

 部屋中の陶磁器を、手を広げるようにして強調する。

「その二つの間に違う値を見つけることが出来たなら、それが霊の持つ『感情』の数値だ。それがE値だ」

 兄の弁舌のさなか、孝輔はあの日のことを思い出していた。

 初めて、S値なるものを見つけさせられた日のことだ。

 あの時の兄は、突然霊能力者を連れてきた。まだ孝輔は、ただのコンピュータ好きな高校生だった。

 そんな彼は、突然廃墟に拉致され──

『ここは何もない空間だ! そして、こっちが自縛霊のいる空間だ! さあ、数値の違いを見つけろ!』

 兄の高らかなる宣言と共に、彼の地獄が始まったのだった。

 青春真っ盛りの時期を、孝輔は自縛霊と共に過ごさせられたのである。

 そこでS値を見つけ、さらにS値を二つに分けた。分けた片割れがR値となったのだ。

 そして更にここにきて、直樹はE値を見つけろという。

 霊の感情を表す数値。

「サヤちゃんがいるからな~今のうちにバージョンアップするぞ~」

 心の友の妹でさえ、ソフトバージョンアップの材料にするとは。

 人情、経済、倫理、色恋。

 頭の中で組みあがりかけたその塔は、すべて粉々に打ち砕かれ崩れ落ちた。

 やはり──人にバベルの塔は作れない。