「…………いいから着ておけ」
「ですが──」
「早く着ろ」
断ろうとした私に、強引に言葉を被せた男は、再び壁にもたれ掛かり、そっぽを向いてしまった。返そうとしても返させてくれそうにない。
諦めた私はそれを肩に羽織り、口をつぐんだ。
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これが数日前にあった出来事であり、頭にこびりついたように離れないものである。
あの後、男は、私が立ち上がれるようになるとどこかへ去っていった。……あの上着を残して。
人様に借りた衣服は、クリーニングに出して綺麗にしてから返すべきだとはわかっているが、次いつ会えるか──というよりかあの男と会うのはあれが最初で最後かもしれないため、立ち去ろうとする男に無理矢理返却しようとしたのだが、拒まれてしまいあれは今も手元にある。
疾うにクリーニングに出して返す準備は万端である。クリーニング代に千円と少しかかり、元から軽かった財布がさらに軽くなってしまった。革のジャケットとかでなくてよかったと思う。革製品のクリーニング代は高くつくのだ。
数学の授業が終わり、次は移動教室だ。生物を選択している私は、私が所属しているクラスの教室がある校舎とは異なった、渡り廊下を渡って東側にある校舎に移動しなければならない。
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