漆黒の瞳

 


うずくまったまま男を見上げる私に、彼は眉をひそめた。

それは、面倒になったのか、はたまた他の理由からかはわからないが、どちらにしろ男の機嫌を損ねてしまったようだ。

助けてくれた男を不機嫌にさせてしまうわけにはいかない。すぐさま立ち上がり礼を述べるべきだと判断し、足に力を入れたが、思うように立ち上がれない。


――これが所謂腰が抜けたという状態なのだろう。


こんな状況にも関わらず冷静に働く自分の脳が、私は嫌いだ。

どうしたものかと思考を巡らせていると、男が自分の目の前にしゃがみこんだ。


――私は目の前にある顔をじっと観察した。

よくよく見れば、この男、自分とあまり歳が変わらない気がする。2、3は歳上だろうが、それ以上は離れていないだろう。


「……腰が抜けたのか」


男の低いテノール声が、耳朶をくすぐる。


「…………はい、おそらくは」


この男に対して、私は警戒心も恐怖心も抱かなかった。それが何故かまではわからない。しかし、男が苦手なはずの私が、警戒心も恐怖心も感じなかったのは何故なのだろうか。

助けてくれたから、などという単純な理由ではなかっただろう。だが、今でもそれは謎である。


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