九我刑事の事件ノート【殺意のホテル】




食堂は、これでもかと文句を言いたくなるほど重い空気に満たされていた。

シェフ、七瀬幸三がみんなに茶を出していたが、それに手をつけようとする人間はいない。



「失礼、八部大翔さんはいらっしゃいますか」


十和田は少し大きめな声で問い掛けた。

客とスタッフ達は互いに顔を見合わせる。


「あの」


少女がひとり、立ち上がり、十和田の近くまで駆け寄ってきた。

湊である。



「八部さんは、私の兄と一緒に一条先生のお部屋に行きましたよ」


「ほう、どうなされたのです」


「事件が起きて、彼女のお兄さんがすぐに全員を食堂に集めたのですが、一条先生だけおみえにならないんです」


答えたのは五家宝凛。

十和田はうーんと唸って手袋をはめた手で顎を擦った。


「君、ちょっと見てきてくれるか」


「ハッ!」


十和田の背後にいた新人刑事は、堅苦しく敬礼すると全速力で食堂を出ていった。