そう言って忙しなく動き、今日に限って穂高と目を合わそうとはしない。

「母さん」

 そんな史恵の心情を察した穂高は、再び寂しげに呟く。

 だが、史恵は「よし」とエプロンを外し、最後の食卓を飾った夕飯を眺めた。

 そして、わななく唇を噛締めると、一つに束ねていた髪を解き、いそいそとバッグを持って玄関へと急いだ。

「じゃ、行ってくるわね」

 史恵は赤いハイヒールを履くと、玄関の戸に手をかける。

「母さん! 俺……」