神々が地上から去り、器が人に紛れて暮らすようになって100年。
文化レベルが後退し、人口もピーク時の五分の一にまで減ってしまったが、人々はおおむね平和に暮らしていた。

「平和っていいよね…」
木の上でぼんやりとつぶやいたのは例の器。
彼女は人の年齢で16、7歳くらいに見えた。
もともと名前はなかったが、人に聞かれることが多かったのでいつも何となく名乗っている。
この前は「花」その前は「ミア」さらに前は「ピイ」。
一番初めに名乗った「ピイ」は鳥がピイピイ鳴いていたのでとっさに答えたのだが、なかなか不評だった。
(名前なんてどうでもいいけどね)
少しふて腐る気分だがまあいい。
空は晴れ渡り、美しい春の精霊が己の眷属である妖精たちを遣わし見事な春を演出している。
ふと視線を感じそちらへ目を向けると、男の子が不思議そうにこちらを見ている。
興味をひかれて地面に降りた。
「お姉ちゃん、何しているの?」
大きな目をくりくりさせて元気に聞いてくる。
「別に…ぼんやりしてた」
と曖昧に答えた。
本当はぼんやり春の妖精たちを見ていたが、前に人間に妖精が見えると言って気味悪がられたのを思い出しとっさに曖昧にしておく。
「ふーん」
それでも男の子は納得したみたいだ。
遠くから犬の鳴き声が聞こえる。
「あ!見つかっちゃった」
男の子が駆け寄ってきた犬を嬉しそうに撫でた。
犬についている犬の妖精も嬉しそうにしている。
「君はこの犬が大好きなんだね」
幸せそうな犬とその妖精を見てつい言ってしまった。
「うん!」
男の子は満面の笑みで答える。