『―――弘樹!
頼みがあるんだ!』


不得意な景気循環論の講義を終えて立ち上がる俺を、友人の“浩太”が呼び止めた。


この手の頼みに良い話なんてあった試しがない。



「…先に言っとくけど、課題も見せないし、コンパにも行かないからな!」


『えっ、そんなこと言うなって!
マジで一人足りないんだから!』


“頼むよ!”と言って合わせた両手の平を頭の上に高々と掲げた浩太は、

上目を遣って俺の顔色をチラチラと伺った。


そんな姿を横目に、“やっぱりな”と呟き俺は、ため息を混じらせる。


高校の頃なら、確かに喜んでその話に乗っていただろうけど。


今は、美緒との貴重な時間が待っているから。


そんな時間を割いてまで俺は、わけのわかんない女とメルアドを交換したいとは思わない。




「残念。
俺、風邪引いてるから、みんなにうつると迷惑だし。」


あからさまにゴホゴホと咳払いをし、さっさと教室から出た。


風邪を引いてるなんて、あながち嘘でもないけど。


だけど、どっちみち行きたいなんて思わないんだ。



痛みさえも伴う程の冷たい風が、枯葉を巻き込んで渦を作る。


そんな帰り道で、今日は兄貴が家に居ないことだけを願った。


もうすぐ春が来る。


春が来たら、兄貴はどこかに行ってくれないだろうか。


元々、狭い日本で収まるような器じゃないことくらい、

兄弟である俺が一番よくわかってるんだ。


それが、兄貴のためであり、俺のためでもあるんだから。


大好きだった兄貴。


だけど今は、同じくらい大嫌いな存在になった。


いつの間に俺たちは…


俺は、こんな風になってしまったんだろう。