『…兄弟でしょ?
そんなこと言わないの!』


そう言って美緒は、食べ終えた食器をキッチンへ運ぶ。


その後姿では、表情なんか読み取れなくて。


兄貴が居なきゃこんなことしか言えないなんて。


つくづく自分が嫌になる。



いつも自由で、掴みどころがない兄貴。


俺が唯一勝てることと言えば、勉強だけなのに。


なのに勉強が出来たって、誰も褒めてはくれなくて。


むしろ、それが当たり前のように言われてしまう。


俺だって、好きでこんなことやってるわけじゃないのに。


昔はそれなりに、パイロットだの警察官だのになりたかったんだ。



本当に、ただのガキみたいな兄貴コンプレックス。


俺だって兄貴のように、本当は自由に振舞いたいのに。


なのにそんなことをするほどの勇気なんて、持ち合わせてはいないんだから。



兄貴の背中について行けば、何故か安心していたあの頃。


だけど今は、その追い越せそうで手の届かない背中が、俺を苦しめる。


こんな俺が、美緒に好きになってもらえるわけがない、って。


本当は、心のどこかで思ってる自分が居るから。



『…じゃあ、あたしそろそろ帰るね。
レポート書かなきゃいけないから。』


一通り洗い物を終えた美緒は、キッチンから俺に声をかけた。


パタパタと足音を鳴らし、手早く自分の荷物をバッグに入れる。



「…もぉ、帰るの…?」


『うん、ごめんねッ!』


言葉だけを残し、美緒はさっさと俺の家を出た。


急に静かになって嬉しいはずなのに。


なのにいつの間にか、こんな広い部屋で独りなことを喜べなくなってしまったんだ。


兄貴も美緒も居ない、俺だけの空間。