気付いたら、携帯を取り出していた。


ディスプレイには、兄貴の名前が表示されている。



―プルルルル、プルルルル…

緊張して、馬鹿みたいに手が震えて。


電話を掛けたからって、言うことなんて何もないはずなのに。



『…もしもし、弘樹?』


「兄貴!」


だけど、言葉に詰まった。


元々電話なんか掛けるような間柄でもなかったし。



“俺、本当の子じゃないんだって。
兄貴、知ってた?”


そんな風に言えば良いのだろうか?


言えるわけ、ねぇじゃん。



「…あの、さぁ。」


この沈黙が、嫌に長く感じて。


打ち付ける心臓の鼓動が、鼓膜にばかり響く。



「…話、あって…。
それで、えっと…」


『…電話じゃ言いにくいのか?
なら、これから弘樹のマンション帰るから。
それで良い?』


「…うん…」


何も言えないまま、通話を終了させてしまった。


電話嫌いな上に、相手はもっと嫌いな兄貴なんだから。


帰らなきゃ、と。


またフラフラと、足を進めた。


先ほどまでは鮮明だったはずの街並みが、今は霞んだようにぼやけて見えて。


止めないようにとまた一歩、重い足を踏み出して。


絶望とは、まさにこのことなんだろうか。


それでも俺は、両親から必要とされているんだと、言い聞かせ続けてきたのに。


なのにもぉ、それすらも叶わないのか。