吸血鬼の花嫁
















「今夜は満月が綺麗だな」
「おっしゃる通り、今宵の月は見事でございますね。ライルド王子」

俺は今日から過ごすことになる仮の住み場所、葵の家の屋根に腰を降ろしていた。外に出て見上げた夜空は祖国の風景を思い出させる。
雛は、あれから大丈夫だったのだろうか……。
想い人である彼女のことを考えると胸が締め付けられた。

『来ないで……』
『雛、僕のことを覚えていないの?』
『嫌……近付かないでっ……!』

……久しぶりに再会した彼女は泣いていた。自分に恐怖で脅えきった表情を向けて、昔とは大違いだった。あの頃の思い出が夢か幻だったのではないかと錯覚してしまいそうなほどに。

「クヤン、父上に伝えろ。俺はまだ、帰るつもりはないと」
「かしこまりました」

クヤンは自身をコウモリの姿に変え、暗く、先の見えない闇へと飛んで行った。そこまでを確認して、俺は溜め息をつく。そして屋根の下で眠る住人の彼女を思い出していた。
俺が血を吸った人間が、葵で良かった……。
衝動を抑える訓練をしているとはいえ、吸血鬼である本能に抵抗するのは簡単ではない。
血を吸う人間は一人まで。
それが国を出てここに来るための条件の一つだった。もしもあの時、吸血したのが葵でなければ、俺は諦めて帰っていただろう。そしてまた、雛を迎えに行くために長い年月を待つ。
人間にとっての時間と吸血鬼である俺たちとの時間は等しくない。それでも待っていた俺にとって、この十数年間は決して短くはなかった。