吸血鬼の花嫁


もし、ここで断った場合はどうなるんだろう。
不意にサリエフさんの姿が頭をよぎった。手には切れ味の良さそうな光る銀ナイフ。そしてライルド王子に対する忠誠心と私に対する今までの態度。加えて私はただの人間。

「……頑張ります」

私に残された道はそれしか用意されていなかった。

「そう言ってもらえると思ったよ。ありがとう、葵」

返事をすると王子は妖艶な笑みを浮かべて満足そうにしている。その表情はさすがは吸血鬼であり、王子の魅力が最大限に引き出されていた。こんな状況でなければその微笑みに心を奪われうっとりと眺めていたに違いない。残念ながら、今の私には無理な話だけれども。

「あとそれから」

まだあるのか。そんな私の気持ちをよそに、ライルド王子が続けて言葉を紡いだ。

「葵はどちらかといえば健康?」
「どういう意味ですか?」

質問の意味がわからず思わず聞き返してしまう。
もしかして私、そんなに不健康そうに見えるのかな?
自分では健康なつもりでも、実際は詳しく診断してもらっているわけでもなくわからない。

「どうするかは葵の意思を尊重するんだけど、今日から毎晩血を吸わせて欲しくて」
「……え?」
「葵の血を吸った時にね、味が凄く美味しくて。僕好みの味だったからまた吸わせて欲しいんだ」

まるでふわりと花が咲いたような時のような柔らかい笑顔で、王子はとんでもない言葉を口にした。当然血を吸われる身としては、何故毎晩も吸われなければいけないのかと、その理由を知っておきたい。

「でないと僕は毎晩血を吸うために獲物を見つけないといけなくなる。生きるためとはいえ、毎回探すのは結構面倒だからね」

質問をする前にわざわざ答えてくれた王子の優しさに、私はお礼を言うべきなのだろうか。途中で都合よく帰って来たサリエフさんの登場により、私は言葉を選んでから答えることにする。そして考えて出した結論は意志に反するものだった。

「よ、喜んで」

笑顔がぎこちなかったのは言うまでもない。