吸血鬼の花嫁


なんとも心臓に悪い挨拶だ。

「葵?」
「え?あ、はい。何でしょうか」

何かを聞かれるのかと思い身構える。だけどそれは勘違いだったようで、王子様は何も言わずにただ私をじっと見た。何かを考えているように思える。そして思い出したのか、悩んでいた表情が晴れやかになった。

「葵。葵って雛の”親友”の、あの葵?」
「え、はい。まあ」

どの”葵さん”かはわからないけれど、恐らく私のことだろう。一応小さい頃から親友として、私は付き合っているつもりだ。

「そうか、雛の親友の……。葵に会えたなんて光栄だよ」
「そ、それはどうも」

何が嬉しいかはわからないけれど、目の前の王子様は瞳を輝かせて見つめてくる。その視線に堪えきれなくなった私は、部屋の扉付近に目を向けて驚いた。膝をつき、頭を項垂れさせ、王子様と同じ黒色の衣装に身を包んでいる。

「うん?ああ、クヤンのことか」

別の方向に向けていた視線に気が付いたのか、王子様はそう言った。

「クヤン?」
「クヤン、顔を上げろ」

王子様が声をかけるや否や、クヤンと呼ばれた彼は返事をする。それから顔だけを上げて王子様を見た。
うわっ……。
思わず心で声をあげたのは、彼が王子様にも負けず劣らずの美青年だったからだ。

「葵に自己紹介を」
「ライルド王子の仰せの通り」

そう答えた彼も、ライルド王子と同じように人間ではない気がした。二十歳代後半といった姿形で、一つにまとめて横に流した長い黒髪。切れ長で朱色の瞳に、整えられた眉。一文字に閉じられた唇から真面目な性格だろうと想像がついた。無表情だからか、若干冷たい印象を受ける。ライルド王子とは正反対の雰囲気だと思った。

「お初にお目にかかります、”人間”の葵様。クヤン・サリエフと申します」
「……どうも」