《短編》想い人〜叶わぬ想い〜

それから暫く言葉を交わさなかった。

でも、彼はあたしの横に居てくれた。


何も話さなくても隣に居てくれる、それがこんなに嬉しいと感じるとは思わなかった。


彼を独り占めしている気分だった。


でもそれは現実だけど現実じゃない。

彼には帰る場所が有る。

左手に光る指輪がそれを物語ってる。


これ以上一緒に居たらいけない…


「寒くなって来ましたね。先戻って下さい。風邪を引いたら大変だから。」


「奈々ちゃんは?」


あたし…?あたしは…

「あたしは、もう少し酔いを覚ましたら戻ります。」


「寒くないの?一緒に戻ろう?」


嬉しくないって言ったら嘘になる。社交辞令でも一緒にって言ってくれてるんだよ。


でもね、それじゃ意味がないのよ。ひとりで頭を冷やさないと。


「あたしは大丈夫。みんな待ってるから先どうぞ。」


少し渋ってから『わかった』そう言って彼は戻って行った。


独りになった空間はどこか寂しくて、心地良かった夜風がとても冷たく感じた。