黙ったまま席に座った輝は、
直之に携帯を差し出した。
直之はさっきと明かに違う様子の輝に
困惑しながら携帯を受け取る。
電話は既に切れていた。
「あ、あの…」
「悔しいです…!」
搾り出すように声を出す。
潤んだ瞳から、一滴の涙が落ちた。
「わたしは…悔しいです」
「えっ…」
「正直に申し上げますと、
わたしは今日、直之様と彼女さんを
無理矢理でも別れさせるつもりでした。
直之様に嫌われるのは嫌ですが
それよりもっと直之様が、
何処の馬の骨とも知れぬ女と
お付き合いされているのが嫌でした。
それなら、無理にでもわたしの物にして
嫌われたほうがいいと思いました。
そちらなら、微かですが直之様が
わたしに振り向いて下さる
可能性があると思ったのです。
ですが…さすが直之様ですわ。
お相手の方は本当に素敵な方ですね。
あなた様を思う気持ちが、ひしひしと
伝わって参りました…。
それに比べ、わたしはなんと
卑怯だったのかと反省しています」
ハンカチで涙を抑えながら、
輝はニッコリ微笑んだ。
「わたしの完敗です」
それは、直之を"輝"という呪縛から
解放する言葉だった。
「ご迷惑をおかけして、
申し訳ございませんでした。
ですが、わたしが直之様を
お慕いする気持ちは変わりません。
陰ながら、思っていますわ」
直之は呆然とした。
あの、輝が。箱入り娘で
常識に縛られないあの、輝が。
円香と会話したたった15分の間に
まるで中身が入れ替わったようだ。
近くでその様子を見ていた古山田さんも
驚きのあまり瞬きすることを忘れていた。

