夏 色 の 風





円香は2コールで出た。

いつも通りの明るい声に、

直之はホッとした気持ちになる。


「ごめんな急にー」


『まったくだよぉ!

今から亮佑と会うんだから

手短にお願いね!』




心に鈍い痛み。

慣れっこだが、やはり堪える。




「おいおい、亮佑と早苗を

くっつけさせるんじゃなかったのかよ」


『ちゃんとやってるわよーぅ。

亮佑の恋の悩みに乗ってるところなの。

まったく、何が悲しくてフラれた男の

恋愛相談に乗ってんのかしらねぇ』


「お前が言い出したんだろ」


『あははー。

で?今日はどうしたの?

何かあったの?』


「ぁ、あはは、実は…」




直之は、自分の身に起きた

非現実的な話しを始めた。

円香は、最初こそ面白がって聞いていたが

途中から話しの意図が分かってきたのか

段々反応が悪くなっていく。




「ぁー、つまり」


『…つまり、一時的にあたし

ナエちゃんになるの?』


別に整形する訳じゃないのだが。


「まぁ。そんな感じ?」




しばらく無言の円香だったが、

諦めたようなため息を吐きだして言った。




「仕方ない。やるわ、その変な役。

女友達がいない直之くんが

可哀相だもの…」




わざとらしい声。

きっと電話の向こうでは

ニヤニヤついているんだろう。

普通なら何か文句を言うところだが、

円香の機嫌を損ねた場合、

直之に待っているのは

ワガママ箱入り娘の輝だ。




きっと、母親(=悪魔)の使いっぱしりが

天国に感じるほど恐ろしい世界に違いない。




「俺は横より縦に長く

付き合ってくタイプなんだよ。

とにかくっ、円香!いや、円香さん!

よろしくお願いします!!」


『よっぽど追い詰められてんのねぇ…。

ま、まぁ、頑張ってね!

出番の日、あとで連絡してね』




亮佑との約束が最優先の円香は、

そこで電話を切った。