夏 色 の 風





輝もこれで諦めてくれるはず…。

直之と古山田さんは、そう思った。




しかし、世間知らずでワガママ放題の

お嬢様はへこたれなかった。




「…分かりました。

悔しいですがこのように

幸せそうに微笑まれては、

わたしの出る幕はないようです。

ですが、本当にこの方が直之様を

思っているのか。また、直之様に

釣り合うお方なのか判断するために

この方とお話をさせて下さいませ」




どこをどう思ったら、

そういう考えに行き着くのだろう。




一瞬間を置いて、常識人古山田さんは

お嬢様相手に一喝する。


「お嬢様!度が過ぎております」


「うるさいですわ!

わたしは今、運命の恋に破れたのです…

わたしのお目付け役ならば、

主人を励ますべきではありませんの?!」


「何が運命の恋ですか!

輝さんが勝手にそう思っている

だけでしょう?周りの迷惑も

考えて行動して下さいませ!」


――おぉぉ、

内心拍手喝采の直之だが人事ではない。

ウンウン、と首を縦に振る。


「そんなの、分かっていますわ!

わたしはただ、直之様に

幸せになって欲しいだけですの…。

ご迷惑は承知の上です。どうか…」




うるうるな瞳で上目遣い。

男はこれに弱い。




分かっている、分かっているが

これが最後だと言ったし、

もし首を横に振ったとしたら

まだまだ輝は粘りそうだ。




時間制限はないものの、

家で待ち構える母親(=悪魔)が怖い。

なるべく早く切り上げたほうが

色々良さそうだった。




「分かりました。彼女に話しておきます」




直之は残りのアイスコーヒーを

一気に飲み干した。

財布を取り出すと古山田が、

『お金などいりませんよ。

逆にこちらが払いたいくらいです』

と耳打ちして笑う。




直之は深々と頭を下げ、

コーヒー豆3袋を入れた紙袋を抱えて

逃げるように店を出た。