――それから30分後。
直之は再び暑い陽射しの下を歩いていた。
やっとの思いで家に帰りついた直之に、
母親…いや、"悪魔"が年甲斐もなく言った。
『図書館の側の喫茶店で、
コーヒー豆買って来てって言うの
忘れちゃった!テヘヘ』
手で拳を作り、頭にコツンとさせ
微妙に出来ていない不細工なウインク付き。
『はぁ?!それくらい自分で行け』
『えー、だって暑いじゃない。
ぜ・っ・た・い・め・い・れ・い♪
命令に背いたらどうなるんだっけー?
生存戦略しましょうか♪』
そんな訳で、直之は図書館までの道のりを
再び歩いているのである。
母強し。いや、あれはもう
母という皮を被った悪魔だろう。
せめて歳を考えて欲しい。歳を。
喫茶店は、すぐに見付かった。
直之の母親は毎朝挽きたての豆で
コーヒーを飲む習慣がある。
本を借りたのが2ヶ月前ということは
2ヶ月前に相当な数のコーヒー豆を
まとめ買いしていたのだろうか。
扉を開けると、カランと心地好い
音がして、黒のYシャツとパンツ、
薄いベージュのエプロンを身につけた女性が
笑顔で「いらっしゃいませ」と言った。
昔懐かしい雰囲気がして、
"カフェ"や"コーヒーショップ"という
言葉ではなく"喫茶店"がしっくりくる、
そんな感じのお店だった。
直之は入口付近に並べられたコーヒー豆と
母親から手渡されたメモを見比べた。
細かい文字で探すのに苦労したが、
やっとお目当ての豆を発見する。
「あ、これ5つください」
母親はまとめ買いが好きらしい。
「申し訳ございません、こちら
大変人気の商品でして、ただいま
3つしか在庫がないんです…」
「えっ、マジすか…」
別に無理に5つとは言わないが、
あの母親のことだ、またすぐ
"絶対命令"と言って買いに来させられる。
それが嫌だった。

