早苗のことを好きになってから、

色々なことを考えた。




――好きにならなきゃ良かったのかも

とか、

――早苗が同級生だったら良かったのに

――こんな複雑な関係じゃなければ

とか。




だけど違ったんだ。

俺は"早苗"だから"早苗"を好きになった。




初めて人をこんなに好きになれた。




直之や円香、ばあちゃん、樽澤さん、

一部立石がいてくれたから

そう思えたし、この気持ちを伝えられた。




「俺は早苗が、好きだ。

この気持ちに嘘はない」




もう一度、確認するように言う。




早苗が僅かに頷いて、

泣きながら俺の首に抱き着く。




「ばか…!」




泣きながら、やっと呟いた言葉は

あまりに早苗らしくて。




俺も泣きそうになりながら、

早苗をぎゅっと抱きしめた。




「ばか…。

あたしみたいな女を好きになるなんて、

きっと絶対後悔する…」


「ははは…じゃあ俺を嫌いにさせてみろ。

そう簡単に嫌いになれねーからなっ」


「…ほんとに?

突然嫌いになったって言って

目の前から消えたりしないでよ…?」


怯えたような声で言う。


「俺がそんな男に見える?

ほぼ毎日、殴られて嫌味言われて

用事押し付けられてる俺が。

嫌いになるなら、もうとっくになってる」




早苗がクスっと笑いながら、

俺の腹にパンチを入れた。

低い声で、「言いすぎ」のおまけ付き。

その割に、さっきより抱きしめる力が強い。




俺も負けないくらい、強く抱きしめた。

もっと早く、こうしたかったのに。

つまらない意地を張りすぎた。






俺たちは、少しの間

手を繋いで身を寄せ合って

縁側に座っていた。









どこかで、コウロギが鳴いた。