夏 色 の 風





そんな早苗に、立石は微笑んでいる。


「迎えに来たよ、早苗」


その一言に、俺の昨日の記憶が

フラッシュバックする。




『明日、迎えに行く』




あの時の立石の顔は、

冗談を言うような顔じゃなかった。

本気で言っていたと思う。




「行こう」


口は微笑みを絶やさないが、

目は全然笑っていない。




事情を飲み込めない円香は、

俺のもとに寄って来た。




「ちょっと、何、何?

どーいうことなのよ!」


耳元でハイテンションな円香。

俺だって知らない。

俺だって知りたい。




立石が早苗のことを

呼び捨てにするのは知っていた。

実際に2人が会うのを見るのは初めてだ。




俺をチラ見してから、立石は

もう一度畳み掛けるように言う。


「早苗、行こう」


早苗は立石をじっと見たまま、

はっきりと言い切った。


「…分かった。あたし、行くわ。

亮佑、あたし行って来るね」


「え…あ、うん…」




止めるべきなんだろうか。

けど、止められるほどの言葉も理由も

俺の馬鹿な頭には思いつかなかった。




「早苗…!」


掃除機をかけていたばあちゃんが、

立石に気付いて早苗に駆け寄る。


「ばあちゃん、ちょっと行って

話しつけてくるね」


「…分かった。夕飯は?」


「それまでには、帰って来るから」


ニッコリ笑ってから、早苗は

振り向いて俺に笑いかける。


「行ってきます。

あたしが出掛けている間に

部屋を盗み見ちゃだめよ。

特に、ベッド脇のイーゼルは」


早苗は軽やかに手を振って、

頭を下げた立石と一緒に出て行った。




俺たちはただ、早苗の背中を

見送ることしか出来ない。















その晩、早苗は帰って来なかった。

円香は一回家に帰ったものの、

また家に来て泊まった。