夏 色 の 風





とりあえず、昨日の夜の

直之の愚行に匹敵するほどの

恐ろしく恥ずかしい行為の件ではなくて

ホッと胸を撫で下ろした。




だけど早苗は、さらに真剣な顔で続ける。




「あたし、どうかしちゃったのかな」


「へ?」


間の抜けた声しか出ない。

空を飛ぶ夢を見たくらいで、

なんでそんな真剣な顔で悩むんだろう…




「前に円香に聞いたのよ!

夢っていうのは、人の深層心理とか

実体験とかが深く関わってるって…。

でも空を飛んだ実体験はないし…。

つまり、あたしはサーカスに

入りたいってことなのかな?

表には出さないだけで

心の底ではそんな突拍子もないこと

思っていたのかな…」




…うーん。これは…

俺は野菜の入ったカゴを持っていない

左手で早苗の頭にチョップを食らわす。




突然のチョップに驚いたのか、

早苗は目を見開いて俺をじっと見る。




「アーホ。考え過ぎだろ」


「そうかな…」


「あぁ、絶対そう」


「覚えてないだけで、

空を飛んだことあるのかなぁ」




安心しきっていた心臓が、

またバクバクいい始める。

そう来ましたか…




確かに昨日の夜、早苗は空を飛んでいる。

正しく言うなら、"浮いた"だけど。

記憶はない。けど、それが夢になったのか。




「ほ、ほ、ほら。あれだ。

稀に自分が生まれる前のこと…

母親のお腹にいたときの記憶が

ある奴っているじゃん?そんな感じだよ」


「…うーん。そうかなぁ」




俺の馬鹿な頭で、頑張って

早苗が納得しそうな説明をする。

早苗はまだ腑に落ちないみたいだけど

そう思うことにしたらしい。






朝っぱらから、頭も身体も

疲れきってしまった。