last.virgin




「あっ、待って下さい!」


遙は全速力で俺を引っ張りビルにたどり着くと、閉まりかけのエレベーターに飛び乗った。


まではよかったが、生憎と昼休み終わりの時刻と言う事もあって、それぞれのオフィスに戻る人々で溢れかえっていて、定員オーバーのブザーが鳴ってしまい、周りから白い目で見られつつ、仕方なくエレベーターから降りると、次に遙はまた俺の手を掴んで再び全速力。


「えっ?何処行くっ?」

「階段ですっ!」


俺の手を引き、階段を段飛ばしで掛け上がる彼女に半ば引きずられながら、五階まで一気に走って上がって来た。


「なんとか間に合いましたね?」


あまり息も切らせないで遙は笑ってそう言うが、俺は、ゼイゼイと肺に酸素を取り込むだけで精一杯だった。


全力疾走なんていつ以来だ?
ここ10年位はこんなに走った記憶が無いぞ?
運動不足なのか?
歳なのか?


何で彼女はこんなにちっこい癖に、こんなにもパワフルなんだ?

会社に戻り際に、せめてアドレスだけでも聞き出そうと思っていたけど、そんな事する余裕すら無かった。

遙の言動ひとつひとつが、何もかも俺のカテゴリには無く、思うように行動出来ない。


「ランチ、凄くおいしかったです、ありがとうございました」


遙は深々と俺にお辞儀をして、オフィスの自動ドアの向こうへと消えてしまった。


俺が奢った訳でもないのに…


「何やってんの?お前?肩で息して…」


いまだ息が整わず、両手を膝について前屈みになって肩で息する俺の背中から、トイレにでも行ってたのか、英明がそう言ってきて。


「…ハァハァ…ちょっ…ハァハァ…走って、ハァ…来たから…ハァ…」


「そんなに急いで走らなくてもよかっただろうに…」


「ハァ、だって…午後から、打ち…合わせが…」


「ああ、それな?さっき先方から連絡あって、明日に変更してくれって、お前携帯忘れて行っただろ?」


「は?…携帯ならここに…」


ポケットから携帯を出して英明に見せると。


「…それ、俺の…お前が持ってったのか…無くて困ったよ」


携帯は携帯でも、英明の携帯灰皿だった。


コレを遙の前で出さなくてよかった……