「………いや、払うよ」
「いいですって」
「そんな訳にはいかない、払う、いくら?」
「だから、いいですって!」
「よくない、払う…」
「ああ、もう…遙?お前からも言ってやって?」
和久井は俺の肩越しに遙を捉えると、呆れたようにそう言って。
そんな和久井の視線を身体で遮り、頑として譲るつもりは無かった。
「ちょっと、早くしてくれないかな?」
俺の後方から男の声がして振り返ると、不機嫌な表情をしたメタボな管理職クラスのサラリーマン。
「あっ、すみません、お先にどうぞ?」
和久井はまたもや爽やかに笑うと、そのメタボの伝票を受け取りレジへと打ち込んでいく。
「あっ、坂口さん、昼休み終了五分前ですよ?」
「えっ?…ヤバっ」
午後からはクライアントとの打ち合わせが…
「和久井君が折角奢ってくれるって言ってるから、もう行きましょう?」
遙は俺の手を掴むと、グイッと引っ張り戸口へと向かい出した。
「え?ちょっ!まだ払ってないっ」
「和久井君、おご馳走様。ありがと、また来るよ」
和久井に手を振り自動ドアを開ける遙。
「おう。今度メールする、またな!」
「うん!私もメールする!ラーメン食べに行こうね!」
閉まりかけの自動ドアから、遙に手を降る和久井の姿が見てとれて。
目を細めて遙に笑顔を向ける和久井の表情が気にくわなかった。
俺の手を引き少し前を歩く遙は、ジーンズの後ろポケットから携帯を取り出し。
「あっ!三分前!坂口さんっ、走りますよ?」
小さな彼女に手を引かれ、前のめりになって走る俺の姿は、他人から見ればとてつもなく滑稽に映るだろう。
…………でも。
彼女の小さな掌に握られた俺の手は、ギュッとそれを握りしめてしまっていた。

