深呼吸して少し落ち着いたのか、遙は今度は無言でうつ向いてしまった。
一気に捲し立てられるよりかは、これで話がしやすくなった。
俺は改めてポケットから封筒を取り出し、彼女の手を掴み、その中にそれを握らせた。
「取り合えずコレ、返すから…」
「ほぇ?」
遙はキョトンとしてその封筒を見つめた。
「受け取る訳にはいかないから…」
「…だっ、ダメですっ!」
遙はその封筒を俺に突き返してきた。
「は?…だから、いらないって…」
「私もいりませんっ!」
「返すって!」
「お断りしますっ!」
「断るなよっ!」
「じゃ、返さないで下さいっ!」
暫く封筒の押し付け合いをしてしまって、お互い睨み合い、フーフーと息が上がってしまった。
「……わかった…」
俺の負け……。
…この…強情娘が…
彼女が押し付けてきた封筒を受け取り、それをポケットにしまう。
「足りない分は後から請求して下さい、ホントに申し訳ありませんでした…」
遙は丁寧にお辞儀をして、会議室から出ようとして、咄嗟にその腕を掴み引き留めた。
「…昨晩の事なんだけど…」
遙は一瞬だけピクッと肩を上げて。
「すみません…あの出来事は忘れて下さい…」
「は?」
「私も…犬に噛まれたと思って忘れます…」
「………犬?」
「…はい。犬です」
…ホントにもう訳わからん…
一体何なんだ?この娘は?
謝るのは俺の方なのに…
「……はぁ…」
思わずため息をついてしまった。
「…あの…もう行ってもいいですか?」
彼女は遠慮がちにそう言ってきた時に。
−ぐうぅぅぅ〜…
その小さな身体に似つかわしく無い程の、豪快な彼女の腹の虫に。
「ぶはっ!」
吹き出してしまった。

