白い泡を残して、寄せては返す波。

時折吹く潮風は、優しく頬をなでていく。


眼前に広がる蒼い景色を、俺はただぼんやり見つめていた。


静かな海は、心地いい。

心臓の奥に、しこりのように残った痛みも、少しだけ薄れていく。


目を閉じると、耳の奥に波音だけが響いた。


と同時に、暗い世界にゆっくりと「彼女」が浮かんでくる。

まるで、目の前にいるのかと錯覚したくなるほど、鮮明に。



『大也』

俺の名前を呼ぶ、君の柔らかい声が好きだった。


『ねぇ、これ……似てるかな?』

似顔絵をそっくりに描いてみせる、君の指先が好きだった。


『大也が長いのが好きなら、伸ばすね』

時間をかけてまっすぐ伸ばした、君の綺麗な黒髪が好きだった。


『起きて、朝だよ』

差し込んでくる朝日と共に見る、君の笑顔が好きだった。


『好き』

俺を好きだと、照れながらも言ってくれる君が――


誰よりも、好きだった。

誰よりも、大切だった。