月下の踊り子




しかし既に昼飯は山口の奢りでギヴ&テイクは成されている。


全く割に合わない交換条件ではあったのだが。


電灯を灯すと、静まり返った闇の中へ足を進めて行く。


響き渡るブーツの音。


この時間帯は特に冷え込むので囚人達もきっと薄っぺらい毛布に身を包ましている事だろう。


足が止まったのは見回りが始まってから五分後の事だった。



「就寝時間、過ぎてるぞ」

「そうですね。でも、今日は私に逢いに来てくれる人がいるみたいなもので」

「ほう、就寝時間を過ぎてから逢いに来るなんて随分と看守に喧嘩を売りたい奴なんだな」

「はい。私もそう思います。でも、その人自身が看守さんですから」

「――で、そいつの名前は?」

「羽鳥淳二さんって言う人です」



一時の沈黙。舞歌の言葉を理解するまで数秒を要した。



「ちょっと整理しよう。舞歌、お前は人を待っていると言ったな」

「はい」

「それで、そいつは看守で、いつしたかは知らないが逢う約束もしている」

「はい。でも直接的ではないんです。山口さんから私に逢いに来てくれる看守さんがいるって聞いただけで」

「あの男は……」



その実、全てはこの為に夜勤の犠牲者に自分を選んだのではないかと、疑心暗鬼に陥りそうになる。


確かに見回りをしていれば必然的に舞歌に逢う事になるがこれでは舞歌に逢う為に夜勤を請け負ったみたいではないか。