月下の踊り子



何故、自分はあの時泣いたのか。


何故、自分が涙するところを舞歌に見られたくなかったのか。


この『何故』の答えは自分で探すしかない。


自分が泣いた理由なんて人に相談出来る訳がなかった。



「で、結局どこ行ってたんだよ?」

「起きていた囚人が一人いたから注意しに行っただけだ」

「それにしては随分と遅かったじゃないか」

「行ったは良いがそこは夢の世界だったんだよ」

「だからその冗談はもう良いって」



夢の世界と言うのは比喩表現ではあるが冗談のつもりはない。


だが山口は嘆息しながら注文していたコーヒーを渡す。


当然のように冷めていた。


甘みの一切ないブラックが喉を潤していく。


そういえば先程まで自分は喉が渇いていたのだ、と今更ながら思い出した。