月下の踊り子

「どこほっつき歩いてたんだよ?」



看守室に戻ると山口が不満気に尋ねてきた。


「夢の世界」と、自分なりに面白く答えたが、それを聞いた山口は怪訝な表情で手の平を私の額にあてた。



「何を、してるんだ?」

「いや、お前が冗談言うなんて熱でもあるんじゃないかと」

「それで」

「熱はないみたいだ。だとすると……もう上官殿の脳は既に侵られてしまっております」



山口はおどけて私に末期症状を宣告する。


脳が侵食されている――。


山口は冗談のつもりだっただろうが、些か間違いではなかった。


人前で泣いたのは何十年ぶりだっただろう。


いや、記憶の限りでは私は人前で泣いたことがなかった。


それがたった一回。


若干、十六歳の少女の踊りを見ただけで涙が零れ出たのだ。


あの時、自分が泣いている事にすぐ気付いて涙を拭ったので幸い舞歌には見られなかったが、その時の自分の感情に戸惑いを抱いた。