タクシーは街を抜けてバイパスを走りスピードをあげていく。
30分ほど走り山道が広くなったところでタクシーが停まった。
「…ここ」
「わたしの隠れ家ですよ。時々遊びに来るんです」
ひかるちゃんは宿の正面から宿全体を見上げた。
山間の宿。
ここだけが現代から取り残されたように古びた温泉旅館が建っている。
「あら。誰かと思ったら榊さんだったのね」
艶のある女性の声に隣にいたひかるちゃんがピクッと反応を示した。
掴む手に力が入ってる。
仄かなランプの灯りに包まれた宿から出迎えたのは、和服姿の女将だ。
「女将に婚約者を紹介しようと思いましてね」
「まあ。榊さんが?」
「ええ、それで今夜彼女と泊まりたいのですが」
ちら。
ひかるちゃんを見ると戸惑いながらも女将にペコリと頭を下げた。
「まあ、可愛らしい方ね」
「ええ、わたしの宝物です」



