黒い羽根



 その横に座る黒髪の女性は、腕に抱きかかえたものに何か話し掛けているようで、俯いているため顔がよく見えない。

 その女性の肩が、ふいに跳ねるように揺れた。

「あ、笑った」

 嬉しそうな声。

 少し知っている雰囲気とは違うけど、僕は確かにこの声を知っている。

 僕より少し高い、ハスキーな声。

「かわいいなあ」

 そういって女性が顔をあげた。 

『あ……』

 モノクロの世界の中でも艶を失わない、頬にかかる長い黒髪を掻き揚げる……細い指。

 笑みを浮かべた唇は、両端を薄らと持ち上げ、独特の弧を描く。

『マリア……さ……ん……』

 そこにいるのは確かに、まだ若かりし頃の僕の父さんと、今と全くかわらないマリアさんの姿。

 心のそこから愛しそうに、腕の中の赤ん坊……僕を抱きしめ笑顔で見つめるマリアさん。

 そのマリアさんの肩にそっと腕を廻して抱き寄せ、一緒に赤ん坊を眺める父さんの顔は、僕の記憶に残る父さんの表情のどれよりも穏やかで――とても、幸せそうだ。