黒い羽根


 気が付くと、歪んだ空間は消え、何も無い、白くぼうっとした空間に包まれていた。

 上も下も無い、右も左も分からないような何もない空間に、先ほど階段から落ちた姿勢そのままに横たわる僕と、僕の胸の上に手をかざすマリアさんの二人だけ。

 僕の胸の上に浮かぶ羽根は、よく見るとまだうっすらと尾を引く黒い光で、僅かにだが僕と繋がっていた。

 そんな羽根を、マリアさんの真っ赤なマニュキアが施された細い指が。

 今、まさに掴もうといている。

『そう……だ……羽根……マリアさんにあげなきゃ……』

 今僕に残された、唯一誰かのためにできること。

 羽根をマリアさんにあげて、マリアさんを空に還してあげる……。

『良かった』
 
 まだ、出来ることがある。

 それだけでも、今まで生きてきたのは無駄じゃないと思える。

 声をだそうとしたけど、だせなくて。 目で伝えられるだろうかと、マリアさんの顔へと視線を向ける。