黒い羽根





 あの日、僕は死ぬはずだった。

 世界は灰色だと信じたまま、虚しさと痛みと罪悪感だけを抱えて消えてしまうはずだった…………彼女に逢わなければ。


 
 あの日を忘れない。

 僕を変えてくれたあの日の出来事を、彼女のことをずっと忘れない。



 僕の胸に埋まっていた、あの時の羽根の色も……今思えば、とても美しく、愛しくさえ思えるのだ。

 暗く、世界を墨色に染める黒。沈む闇そのものの重さを伴う黒。

 だけど、僕を世界に繋ぎとめてくれていた。

 優しい、黒――









「黒い羽根でも……綺麗だけどね」

 ぽそりとつぶやいた僕の声に小百合さんが首を傾げて

「そう?」

と言うのを、軽く笑顔で受け流し、

「今度、ご飯でもおごらせてくださいね」

 そう言うと、小百合さんの顔が真っ赤に染まった。



 クスクス……。



 どこかで、誰かが楽しそうな笑い声を上げるのが聞こえる。

 それは遥か遠く、天上の声。