小百合さんはあの日あった出来事を正確には知らない。
マリアさんがかけた時間を止める魔法で、小百合さんの時間も止まっていた。
その上、マリアさんを連れて天界へ戻る前に、ミカエル様が小百合さんの記憶を書き換えて行った。
知らない方がいいこともある。
知るべきではないことがある。
そう、ミカエル様は言った。
確かにそうだと、僕も思う。
知らないほうが……聞こえないほうがいいことが沢山あるのは、僕自身が身体で思い知ってきた事。
だから、小百合さんの中には、マリアさんに関する記憶もない。
会ったことも忘れてしまっている。
小百合さんの中でのあの日の記憶は真実とは少し違って。
風邪でバイトを休んだ僕に弁当を渡して、その帰りに階段下まで見送りに出ようとした僕が足を滑らせて落っこちた。そういうことになっている。

