陸上部並みの猛スピード、ヤンキー並みの気迫。 
 そんな彼を見た口裂け女は、ビクッと肩を震わせ、赤いハイヒールをコツコツと鳴らしながら慌てて逃げ出す。
「待てよ! 逃げんのかよ!」
 コツコツとハイヒールを鳴らして不器用に走る口裂け女に、皓は追い付いたかと思うと、一気に彼女の背中に飛び掛かった。
 二人が大袈裟に道を転がる。
「ちょっと!」
 慌てて二人の元へ駆け寄った。
 その時は、口裂け女への恐怖よりも、こんな無茶をした皓への呆れの方が強かった。
 まったく、皓は行動したら何をしでかすか分かったものじゃない。
 皓は上から腕や足で口裂け女を押さえ付け、彼女の動きを封じた。
「香奈! 今だ! マスク! これ取って!」
「え? う、うん」
 逃げ出そうと暴れている彼女のマスクを、私は恐る恐る取った。
「あれ?」
 マスクを取った下、そこには普通の口があった。
 勿論、口は裂けていない。
 それ以前に、その口周り。
 主に鼻の下や顎には、黒い粒々の何かがある。
 これって髭……だよね……。
 皓の下でもがく内に、口裂け女の正体が明らかになる。
 サングラスは徐々に顔からずれ、長くて黒い長髪は不自然に乱れた。
 やがて黒い長髪はすっぽりと外れ、サングラスも完全に外れた。
 皓の下でもがいている異形の存在、口裂け女。
 その正体は、僅かに頭に髪が残っていて、顔の口周りには黒い粒々の髭が生えている、赤いコートを着てハイヒールを履いた……五十代半ば程の只のオジサンだった。

「正体がばれたのでは仕方がないな。全部話すよ」
 女装壁剥き出しのオジサンは、公園のベンチの中央に腰掛けた。
 それに向かい合う様に、私と皓は前に立つ。
 訳が分からなく唖然と立ち尽くす私達に、彼は話を切り出した。
「君達が何を思っているのか。それは大体分かるよ。口裂け女の正体が、僕の様なオジサンだった事だろ?」
 彼の目線が皓に集中する。
「まさか、君みたいな勇敢な子がいるとは……。まだ、世の中も