その名を呟いていた。
「皓さん、まだ戻って来ないんですか?」
「ええ、麗太君がうちに預けられる、ちょっと前に出て行ったわ。優子には単身赴任って言ってあるけど……実際のところ、どう思われてるのかしらね」
「こんな時、楓さんがいれば……」
 沙耶原楓。
 麗太君の母親であり、私の高校時代からの親友。
 彼女には、今まで何度も励まされて来た。
 それがあったからこそ、私はめげずに今日まで生き続ける事が出来たんだと思う。 
「あの時も楓が止めていなかったら私は……ここにいなかったかもしれないしね」
「優太君の事か……。本当に残念な事だったよ」
「そんな事があったからこそ、優子には絶対に辛い想いはさせないって決めたの。あの子には……絶対に……」
 話が暗過ぎて、博美は今にも泣き出しそうだ。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
 一度、気分を切り替えて、それからまた戻って来よう。

 用を済ませた後、手を洗っている最中に、ふと鏡に映る自分を見た。
 背中まで伸ばした長くて黒い髪や、薄く頬にのばした化粧。
 年相応の体。
 全部、皓が好きだった私の一部。
 あの時の皓は、私を愛して已まなかった。
 たぶん今でも……。
だからこそ皓は私達を置いて、あの家を出て行ったんだと思う。

  =^_^=

 私と楓は小学校からの幼馴染。
 二人でこの街の高校に入学して、私達は皓と啓太郎に出会った。
 休み時間や放課後、授業をサボったり、どこへ遊びに行くにも、私達は一緒だった。
 今、優子達が学校帰りによく寄っている駄菓子屋は、既にその頃からあった。
 カラオケやゲームセンターよりも異質な場所を好んでいた皓は、私達をその場所に連れ出した。
 そこで私達が出会った小学生の女の子。
 それが博美だ。