廊下の一番奥の部屋の前で、呼吸を整える。
「よし!」と小声で言い、ドアをノックした。
「入るよ」
 ドアノブを引いたが開かない。
 部屋に鍵はない筈だ。
 おそらく、麗太君がドアを押さえているのだろう。
「麗太君……」
 私には、彼の名前を呼ぶ事しか出来ない。
 彼自身が、ドアを押さえて私を拒絶しているのだから。
 きっと、こういう時は怒ってはいけないのだ。
 なんとなく、そう直感した。
 一回だけ呼吸を整えて、再び言葉を発する。
「ねえ、そうやってるだけじゃ何も変わらないんだよ? 確かに、麗太君のママの事は辛いと思う。でも、このままじゃ何も変わらないよ……」
 私の言葉に、彼は物音一つ返さない。
 落ち着いて。
イライラしちゃ駄目。
そう自分に言い聞かせ、話を切り出した。
「麗太君がいる部屋。そこって、元々はパパの部屋だったの……」
 ドアの向こうから、少しだけ床の軋む音がする。
「この部屋に誰かがいてくれるだけで、パパがいてくれた時の事を思い出せる。ママが、そう言ってたの。馬鹿だよね。パパは、只の単身赴任なのにね」
 いつもはにこにこと笑っているけれど、きっと一番に泣き出したいのはママの筈だ。
「だから、麗太君にはパパに代わって、私達を守って欲しい。そう思って、この部屋を麗太君に選んでくれたんじゃないかな?」
 麗太君の息使いが、段々と荒くなっているのが、ドア越しからでも分かる。