小学五年生への進学を間近に控えた、春の昼下がりの事。
 トラックの大きなクラクションと、タイヤの擦れる音が、自宅前の道路に響いた。
 気付いた頃には、もう遅かった。
 道路の真ん中には、長い髪を乱れさせ、額から真っ赤な血を垂らす母の姿がある。
周りには野次馬ができ始め、トラックの運転手は、あまりの衝撃に混沌としていた。
 僕は手に持っていたサッカーボールを、その場に落とし、母の元へ駆け寄った。
母の体を軽く揺らす。
 手に触れた母の体には、温もりと言うには程遠い冷たさを感じた。
 「ねぇ、お母さん?」
 次は一声掛けてみた。
 それでも、何も反応がない。
「お母さん! お母さん!」
 どれだけ声を掛けても、母は起き上がらない。
『お母さん!』
 その言葉を発したつもりだった。
『お母さん!』
 何度も、そう言い続けたつもりだった。
 それでも、聞こえて来る筈の自分の声は、聞こえて来ない。
 暫くして、ようやく気付いた。
 僕は声を失っていたのだ。
 これは母を死に追い合ってしまった、自分への代償。
 自然と、そんな考えが頭に浮かんでいた。
 転がるサッカーボールを追い掛けて、道路に飛び出した僕を、母は迫るトラックから身を挺して守ってくれたのだ。
 罪悪感で堪える事の出来ない涙を流し、小さな腕で冷たくなった体を抱える。
 そして、声なく叫び続けた。