「そうですよ
いま言ったじゃないですかっ

隣りの部屋に
引っ越して来たんで
ご挨拶なんですけど」

「あぁ、そうなの?」

「だからこれ
引っ越し蕎麦どうぞっ」

そう言って差し出した紙袋は
お中元に贈るみたいな
立派な箱に入った
贈答品のようだった。

「今の若い子でも
お蕎麦なんて配るの?」

引っ越しの挨拶なんて
こんな大都会じゃ
誰も気にしてない。

まして、お蕎麦なんて…


私の気持ちを察したのか
照れくさそうな顔で

「母が、キチッとしろって
うるさくて」

「そうなんだ?
いい、お母さんだね」


私がそう言うと
大人っぽく見える彼が

年相応の笑顔になって笑った。



「隣って、1人で住むの?」

「はい、俺だけですけど
お姉さんは?」

「私? 主人と2人」

お姉さんと呼ばれたことに
少し気を良くしながら

主人と2人暮らしだと
伝えていた。