【短編】社長の秘書サマ





互いの吐息が顔にかかり、あと数センチで唇が触れ合うというところで、アイツは突然動きを止めた。


大きな目をより見開いて、じっとある一点を見つめている。




『…伊緒?』




何だ?


何を見てる?


明らかに様子がおかしい。


そして、一瞬組み敷く力を抜いた途端に、アイツは素早く俺から逃げ出した。


ほんの一瞬のことで、俺は間抜けにも体が動かなかった。


伊緒?


驚いて振り返ると、アイツはドアの前で立ち止まった。




『もう…あなたの玩具に成り下がるのは、堪えられない』




透明な涙を流しながらそう言うアイツを、俺は止められなかった。


玩具、だと?


やっと体が動いた時にはもう、アイツの姿はなかった。