紅音の姉、紫音が行方をくらましてから一月程。予期せぬ、ドラマのような非現実な慌しさもそれだけ経てば、それなりに落ち着いてきたものだ。
「なあ要、数学の課題やった?」
「やった」
「みーせて」
「ん」
午後の時間。授業も残りわずかだ。次の時間の数学に間に合わせるべく、要から借りたノートから自身のノートへと大急ぎで紅音は写す。
「そういえば時任。お姉さんで何か進展は?」
この学校で何の躊躇もなくそれを聞けるのはきっと要だけだろう。最近元気?と軽く尋ねた要に気にすることなく、紅音は「いいや」と首を横に振った。
「なーんにも。まあ、死体が見つかるよりいいけど」
不吉な事を呟きながら紅音はシャーペンを走らせる。くっつけた机の向かい側で必死にノートを写す紅音を見つめ、要は紙パックの紅茶をストローで啜っていた口を離し脈絡なく話題を振った。
「お前確か、占いとかおまじないとか好きだったよな」
「え、いつ言った?」
「前女子と一緒に占いではしゃいでいただろ」
「確かにはしゃいでいたけど、別に好きではないよ。ああそうなのかと基準にするだけ」
「まあともかく、少なくとも毛嫌いはしてないだろ?」
「うん」
「「魔法使いの電話番号」って知っているか?」
走らせていたペンを止めて、紅音は要を目を丸くして見つめた。…なんだよ。思わず要はその視線に眉根を寄せる。
「要からそんなファンタジックな話を聞くなんて」
「たまたま妹から昨日話を聞いたんだよ。で、知ってんのか」
「知らない」
紅音は素直に首を横に振る。
「適当に番号を10桁プッシュして通話ボタンを押すと、運がよければ魔法使いが電話に出て一つ願いを叶えるそうだ」
「何かの本でありそうな設定だね」
「まあな。他にも手紙とか絵馬とか、連絡手段のあるものなら色々あるそうだが、主流は電話みたいだ」
「…で、それに紫音のことも願ってみろと?」
「願掛け程度にはよさそうだろ」
言い出しときながら興味なさそうに、紙パックを机に置いて雑誌を読み始める要にノートを返す。
「うん、やってみる」
「…お前ならそう言うと思っていたよ」
「だろ」
呆れたような笑みを浮かべる要に紅音は笑い返していた。