何やら気合十分で本を読み始めたロゼの背中を眺めつつ、紅音はいれてもらったコーヒーをまた一口。
…誰かにコーヒーいれてもらうなんて、久しぶりだな。
つい数ヶ月前までは、姉にいれてもらっていたものだ。自然と紅音は、寂しさを感じ眉尻下げて笑う。
「(どこにいるのかな、うちの姉さんは)」
ぱらりとページを捲る音を聞きつつ、またコーヒーを一口飲んだ。
「あ。そうだ」
ロゼの思い出したような声が聞こえて、なんだろうかと振り向く。
「コーヒー、味どうですか?」
わくわくと、何やら期待に満ちた目を向けるものだから、紅音は数秒考えた。
「うん、不味い」
「う、ええ!?」
目に見えてショックを受けたロゼ。実際はインスタントだし、粉にお湯を足すだけだから特別不味くない。
「まだまだロゼには難しかったかな」
「ま、不味いって…」
自分の舌がバカだったのかと悩み始めるロゼにクスクスと笑って、紅音もコーヒーを飲み干した。
その、三日後。
ーーーーじゃんっ。
「………なにこれ」
「調べたんですけど、コーヒーに必要な道具って可愛らしい形をしているんですね」
「可愛い?」
じゃなくて!
別の部分について考えようとしていた頭を振り払い、テーブルに置かれたコーヒーミルに、コーヒーサイフォン、数種類の生豆という一式を見下ろした。
「ちょっと待ってよ、これ、買ってきたの?わざわざ!?」
「え?はい…あ、ご心配なく。時任さんのお金ではなく、ちゃんと私のお金で買いましたから」
「買いましたからって、ロゼ、日本の…というか、この世界のお金持ってるの?」
「いえ。地球に関した物品を取り扱うお店も、私の国にはあるんです」
あれか、外国製品取り扱い専門店的な?
なんとなくピンとくる紅音だが、それでこのコーヒーのための一式を揃えることに結びつかない。
「コーヒーぐらい、美味しく淹れられないなんて嫌じゃないですか。紅音さんが美味い!と言えるくらいのコーヒーを目指して頑張ります」
「え…いや、コーヒーについては、その…」
「え?なんです?あ。もちろん第一優先はお姉さんを見つけ出すことですから、その点はご心配なく」
そうじゃない。
「時任さん、楽しみにしててくださいね。お世話になっている間、毎日私が淹れてあげますから」
毎日ーーーー…。
コーヒーの豆が入った瓶を片手に微笑むロゼが、あんまり楽しそうなものだから、本当のことを言おうとしていた紅音はその言葉を引っ込めた。
「…まあ、うん。姉さんを見つけてくれるなら、コーヒーの方も頑張って」
「はい!お任せください」
張り切って頷いたロゼに、可笑しそうに紅音は笑った。
next.