「は、はい。」

自分を遮られた形で話掛けられたのもあるが、今までの"タメ"を得て、彼女は僕に何を言おうとしているのかと思うと、ドキマギした。

「貴方、名前は?」

至近距離で、耳元で囁くように彼女は訊いた。

大人っぽく、色香漂う甘い囁き。

ゾクリと全身に鳥肌が立ったが、慌てて我に返ると質問に答えた。

「高橋……尚輝です……。」
「……高橋さん……ね。アタシの名前は絵夢、って言っても源氏名だけど。」

絵夢、そう名乗った彼女が喋る度に吐息がかかる。

こんな状態では致し方無い。

それより、成る程道理でと思った。

膠着状態で数分が過ぎて、気になっていた点が幾つかあった。

匂いと臭い。

機嫌を損ねそうなので絶対に口には出来ないが、キツめの香水の香りと煙草の臭いがしていた。

敏感な嗅覚を持つ僕には、少しばかり辛かったが、普段からというより職業柄、という事なんだろう。

源氏名というからには、水商売を僕に連想させ、合点がいった。